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不動産業界で働く、44歳で孫ができた、おじいちゃんの過去16回の転職歴と現在の物語

転職物語 9社目迄の間 総集編

どうも、44歳で孫ができた、不動産業界で働く、

現在47歳のおじいちゃん、ラポールです。

転職物語9社目迄の間の記事を繋げ、まとめました。

長編ですのでお時間がある時に読んで下さい。

 

転職物語 9社目迄の間

 

 さて、8社目は、「やめろ!」と言われて、

「やめます!」と言って辞めたので、

当然、次の行き先は決まってません。

急いで、職安に行きました。

すぐに、仕事を見つけないと、家族が路頭に迷います。

しかしまぁ、私は無茶苦茶な人間ですね。

我慢して次の行き先を見つけてから辞めるのが普通ですよね。

普通になれないほど、精神的に追い込まれてのは事実ですが、

自分一人ならいいものの、嫁と子供が二人いるわけで、

これは、ダメ!ダメ!ですね。

 

退職した件を職安に相談すると、

辞めた状況から、解雇扱いになるようですが、

次の就職先には、印象が悪いようです。

しかし、”自己都合の退職”と”解雇による退職”の間に、

”退職勧奨”と言うのがあるそうで、

それだと、そんなに印象は悪くないそうです。

それを雇用主が認めればいいそうです。

雇用主としても、解雇にすると印象が悪いので、

職安の職員の方は、応じてくれるのではとの意見でした。

 

”退職勧奨”とういう形をとってもらうべく、

8社目の代表者に連絡をしました。

電話で話しをしたくなかったので、

すべて、ショートメールで事を済ませました。

まあ、何とかそうしてもらいました。

雇用保険を受給するのには、

”自己都合の退職”の場合は、3ヶ月間の待機期間がありますが、

”解雇”、”退職勧奨”の場合は、いくつかの手順を踏んで、

受給資格が決定してから7日間の待機後に出ます。

手続きは、結構、面倒くさかった記憶があります。

 

さて、さて、急いで次の職を探さなければいけないわけですが、

今ほどネットでの検索が主流ではなく、紙媒体も結構ありました。

京都駅の中などは、結構フリーペパーも置いてありましたね。

まぁ、当時の王道としては、職安での検索ですかねぇ。

ぶっちゃけ、士業はもうこりごりでした。

やっぱり、不動産の営業に戻るしかないか、

それとも別の業種にするか、迷うところです。

職安でいくつかピックアップして、

紹介状を書いてもらい、応募しました。

この辺りの記憶があまりなく、

どこに応募したのかはっきり覚えてません。

不動産業のような、違う業種もあったような...?

でも、ことごとく書類選考が通りませんでした。

記憶にあるのは、履歴書は手書きをせずに、

パソコンで作成したものをすべての会社に送っていたことです。

そして、履歴書、職務経歴書の内容は、

かなり適当に書いてたような感じでした。

やっぱり、適当にやったらいい返事は帰ってきませんね。

年齢は30前半だったかと記憶しているのですが、

当時は年齢的にも厳しかったかもですね。

職安が京都駅にあったので、

京都駅の中の求人のフリーペーパーでも探しましたが、

なんだか何をやってもだめな気がしました。

 

時間は刻々と過ぎて行き、不安が募るばかりでした。

退職してから、あっという間に1ヶ月が過ぎて、

さすがに焦ってきました。(=_=;

だんだん何の仕事に就きたいかわからなくなってきました。

前職の不動産鑑定士事務所はもうこりごりで、

不動産営業に戻るのもどうかなでした。

不動産はずっと個人営業でしたが、

法人営業なら少し雰囲気が違うかなと考え、

応募しようとしました。 

職安の方が、希望の会社に問い合わせしてくれましたが、

経験不足で応募しても難しそうでした。

一応、応募してみましたが、

直ぐにダメな回答がきました。

 

なかなか次の仕事が決まりません。

というか、書類選考も通りません。

ちょっと危機を感じ職安の職員にも相談しました。

そこで、紹介いただいたのがアパートの建築営業でした。

やったことがないのですが、

一戸建ての建築営業は経験しているので、

近しい仕事ではありました。

とりあえず、勧められたので、

わらをもすがる思いで、

アパート建築営業のT社に応募しました。

Tという頭文字で特にアパート建築業界や不動産業界の方はわかってしまいますよね。

まぁいっかぁ!

こちらも手書きの履歴書ではなく、パソコン打ちのものにしました。

正直いってあまり希望の業種ではなかったのですが、

基本給が高いことを魅力に感じて応募しました。

確か記憶では当時、最初の6ヶ月までは基本給が35万円だったような…

なかなか受注は難しいこともあり、

成果が出るまでの配慮のようで、

そういう考え方は被雇用者にとってはありがたいですね。

とりあえず、面接に進めるかどうか結果待ちです。

 

ほどなくして電話がありました。

何度も、書類選考で落ちましたが、

やっと面接が決まりました。

ただ、仕事内容は大体想像がつきました。

土地を持っている所有者の所に行って、

ピンポン押して、アパート建てませんか?

ですね。

ひたすら、1件、1件歩いて訪問するのでしょう。

過酷な業務ですね。

ぶっちゃけ、やりたい仕事ではないけど、

やってやれないことのない仕事かな、でした。

どうするかは、面接に受かってから悩むことにしました。

 

そして、面接日がやってきました。

面接は支店長が行いました。

業務の説明がありましたが、

非常に簡潔に「飛び込み訪問です」でした。

目的はアパートを売ること、建築してもらうことです。

変にごちゃごちゃ言わない、あっさりとした説明でした。

そして、今でも、いい方だったなぁと思いだされます。

あとは、できるか、できないか、

ではなく、やるか、やらないかですね!

面接官の支店長より、

「どうですか?やれそうですか?」

と言った質問が来ました。

迷わず、

「やれます、やります!」

と答えました。

業務としては営業で、土地を持っている方の家に突撃で訪問することです。

まぁ、なかなか抵抗のある仕事ですね。

但し、ラポールは過去にリフォームの飛び込み営業もやってたので、

特に問題はなかったです。

東証1部上場の会社なのでもっと厳格な面接があるのかと思いきや、

特に前職の退職理由もT社の志望理由も聞かれず、

1回の面接で終了でした。

あとは結果待ちですね。

 

支店長より結果の電話がありました。

採用です!

ぶっちゃけ、あまり希望した仕事ではなかったので、

「ありがとうございます!」

という言葉の後に、

「すみません、お世話になるか、少し考えさせて下さい。」 

と伝えました。

「わかりました。」

と支店長は快く答えられました。

これは後から聞いた話しですが、

どうも支店長はその時、不快感満載だったようです。

”せっかく採用してやったのに保留しよった、そんなやつはあかん!”

と言ってたようです。

でも保留したものの他にあてはありませんでした。

この辺りの記憶が曖昧なのですが、

おそらくこの後に他社の面接は受けていなかったような気がします。

 

 

T社の給料は最初の6ヶ月間、基本給35万円と高めでした。

7 ヶ月目からは基本給が30万円になります。

但し、アパート建築を受注すれば歩合給が付きます。

受注額によりますが1棟売るとかなりの額の歩合だった記憶があります。

転職活動にあまり時間を掛けると生活が苦しくなるので、

とりあえずT社に入社し平行して他の仕事を探そうかと考えました。

ということで、T社の支店長に入社意志を伝えました。

 

ということで、これにて、

9社目迄の間はおしまいです!

 

長文、読んでくれてどうもありがとうです。

 

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