いろんな家を売るオトコ

現役不動産営業マンの私が、不動産にまつわるきっと役に立つ豆知識や、裏話を暴露しちゃいます

転職物語 7社目 総集編

どうも、44歳で孫ができた、不動産業界で働く、

現在47歳のおじいちゃん、ラポールです。

転職物語7社目の記事を繋げ、まとめました。

かなり、かなり、相当長編ですのでお時間がある時に読んで下さい。

 

転職物語 7社目 不動産業のS社 

不動産業のS社に入社することになりました。

まだ、このへんでは、あまり給料のことを気にせずに、

会社を選んでいましたね。

S社の基本給だけでは、当然、足りないのですが、

結構、安定して歩合が付きました。

新築戸建分譲を1件売ると歩合が付きます。

当時は、1件売って8万円だったかと記憶してます。

ただ、年間で、10件を超えた11件目から12万円になり、

15件を超えた16件目からは16万円になるという、

件数が増えるごとに、1件の歩合が増えていくシステムでした。

また、重要事項説明を行うと1万円の歩合が付きます。

不動産は契約する前に重要事項説明書を発行して、

宅地建物取引士の資格者が重要事項説明をすることが、

宅地建物取引業法で義務づけられてます。

S社では、ラポールを含め営業が9人いましたが、

当時、宅地建物取引主任者(現在の「宅地建物取引士」、以下「宅建士」)は、

ラポール以外では2人でした。

S社の営業は大体、月1~2件売っていたので、

宅建士も結構忙しくしてました。

つまりは、おおよそ月6万円前後の歩合を、

宅建士3人で分ける感じで、

単純に2万円位は確保されてました。

その1万円は、宅建士を持ってない営業の歩合から引かれます。 

そして、携帯電話は貸与で、また営業は1人に車1台貸与されます。

車は基本的に家まで乗って帰ることが義務づけられ、

家に駐車場がなければ、駐車場代も会社が負担してくれます。

そこそこの大手の会社なので、さっすが!ですね。

 

S社の給料は前回説明しましたが、基本給+歩合ですね。

京都、大阪、滋賀では、かなり有名な会社なので、

ネームバリューがあることも売上の助けになりました。

給料もそこそこいい感じでした。

自慢話になりますが、ラポールは入社して、

1ヶ月以内に新築一戸建ての建売を売りました。

新入社員が入社してから、家を売った最短記録だったそうです。

売主となり家を販売するのは初めてですが、

仲介でも新築一戸建てを売っていたので、

ほとんど違いはありませんので、難しいことではなかったです。

違いがあっても、むしろ、やりやすいことの方が多かったですね。

ラポールがほぼ誰にも助けてもらわず、一人で売りました。

というか、その時で不動産経験約6年なので、完全に放置されてました。

でも、決して天狗にならず、謙虚に振る舞うことを心がけてました。

 一つの支店で営業が9人いましたので、

まあまあ人間関係にも気を使いましたね。

ぶっちゃけ、お客様の取り合いでしたね。

ぎすぎす、することもありました。

ラポールも危うく、上司にお客様を取られそうになりました。

更に上の上司が阻止してくれましたが、

横取りしようとした上司は、なんとなく憎めない人でしたので、

その後もわだかまりなく、仲良くやりました。

 

新築一戸建を販売するのは非常に楽しかったです。

やっぱり新しいものを売るのは気持ち良く、

お客様もたいへん喜んでいただけるので、

やりがいも感じられました。

この時は、7社目にしてやっと理想の仕事にたどり着けたと、

感じてました。

 

S社はなかなか稼げて、いい会社でした。

そして、入社して半年位で、爆発的に売れる新築戸建分譲地がでてきました。

300戸弱の大型分譲地です。

何を隠そう、そこで一番最初に購入申し込みを頂いたのは、ラポールでした。

物件は京都ですが、お客様のお住まいは大阪でした。

大阪まで行き、商談し、申し込みをもらいました。

爆発的に売れるほど魅力があったので、

単純にタイミング良かっただけで、なんの自慢にもなりませんね。

その時期、会社は爆発的に売れている分譲地があって良かったのですが、

反面、売れにくい分譲地はとことん売れなくなりました。

当時は営業がローテーションで、分譲地に待機していました。

これは、営業が公平に売れるようにする為でした。

売れにくい分譲地に待機する時は、

みんな販売に力が入らないようでした。

このままではまずいので、販売促進会議が開かれ、

売れにくい分譲地をどうしていくかが議題になりました。

そこで、ラポールの提案が採用されました。

ずばり、売れにくい分譲地に固定して営業を配置することを提案しました。

ただ、売れにくい分譲地で売れなければ、

歩合が少なくなり、当然、給料が減ることになります。

ですので、営業の中では、反対意見が多かったですね。

つまり、自分がその売れにくい分譲地の担当になるのは、いやだからですね。

そして、もう一つの提案は、売れにくい分譲地で売ったら、

歩合を他の分譲地より高くすることでした。

売れる分譲地の倍の歩合を提案しました。

倍返しです‼️

それでも、0か100かの世界で売れなかったら歩合が稼げないので、

消極的な営業ばかりでした。

ラポールは逆に、1件売って倍の歩合が貰える方がいいと考えました。

結局、会社としては売れにくい分譲地を早く処理しなければいけないので、

ラポールの提案をほぼ採用しました。

実は、売れにくい分譲地は近接しているところで2ヶ所ありました。

よって、営業の固定メンバーは3人としました。

そして、その固定メンバーは後日発表することになりました。

 

いよいよ、売れにくい分譲地の営業メンバー3名の発表です!

まず、O係長、パイセンのUさん、そして、ラポールでした。

まぁ発案者なので、当然ですわなぁ~

他の営業からは、かわいそうな目で見られましたが、

ラポールはむしろラッキーでした。

 

【ラッキーその1】

売れば、他の分譲地の倍の歩合が入る。

売れればですが…

 

【ラッキーその2】

そんなに忙しくしなくてもいいこと。

売れる現場はお客様が沢山来て忙しくなりたいへんなので、

のんびりできるかなぁてな感じです。

でも、売らなきゃ給料はさぶいですね。

 

【ラッキーその3】

売れにくい分譲地を売りきることの達成感が待っていること。

 

なんか、特殊部隊のようで、かっこいい!

と一人で感じてました。

当時はまるで、難しいゲームをするような感覚でした。

 

 

さぁ隊員3名でミッションスタートです‼

と言ってもラポールは一番下っ端の

ぺいぺい♪ぺいぺ♪ぺいぺい♪です。

さて、さて、さぁて、分譲地に待機してもお客様は全然きませんなぁ。

新聞折り込みチラシをたくさん入れても、お客様は全然きませんなぁ。

これは、やばい感が漂ってきました。

やっぱり、分譲地に張り付いているだけでは、

お客様は来てくれません。

戦略は実行されました。次は戦術の実行です。

分譲地の販売ではあまりやらない、

チラシの手配り、いわゆる「ポスティング」を行いました。

「ポスティング」は通常、不動産売買仲介業者がやる手法です。

ラポールは仲介業を経験しているので、ノウハウがありました。

そして、チラシの構成はラポールが行いました。

そのチラシを、3人で分譲地周辺に定期的にまきました。

そして、いろんな施策を行いました。

ようやく、少しづつ売れてきました。 

大体、月に1人1~2戸程度、特殊部隊は営業マン3人なので、

月に3~4戸程度は売れました。

この売れない分譲地は2ヶ所あり、

合わせて40戸だったと記憶してます

実は1年が経過して、2分譲地合わせて、5戸しか売れてませんでした。

それが、月に3戸売れれば上出来です。

一方で、爆発的に売れている分譲地の営業マンは、

月に2~3戸が標準で、3~4戸売っている者もいました。

当然、売れる分譲地に待機している営業の歩合は、

ウハウハ♫ですね。

でも、売れない分譲地にいるラポール達は、

売れにくい分、+αの歩合が付きます。

1戸売って、歩合は2戸分です。

そして、毎月固定で+5万円の辺境地手当が付きました。

なので、少ない戸数しか売れなくても、

給料はウハウハ♫でした。

そんなに戸数は売ってないのに、燃費の良い、隠れウハウハ♫でしたね。

でもまぁかなり、売れる為にいろんな努力をしました。

今振り返ると、あの時はかなり充実した仕事ができていたと、

自負できますね。

 

 

そして、半年で完売させることができました。

ラポールの提案をことごとく取り入れて頂き、

みんなで力を合わせて売り切ることができたので、 

なんとも言えない達成感がありました。

その後は、その3人で新しい分譲地に行くことになりました。

新しい分譲地は15区画だったので、

3名では少し窮屈な感じでした。

その分譲地もそこそこ売れました。

そして、また新しい分譲地に行くといったように、

いろんな場所で、いろんな人にいろんな新築一戸建を売りました。

ただ、段々と行き詰まり感というか、

どこか、仕事に飽きてきたような感覚になってきました。

なんともダメ人間ですね!

お客様の人生を左右する家を売っているのに、

飽きてきたはないでしょう!

ラポールの中のリトルラポールがそう言っているようでした。

 

新築戸建分譲の販売に、どこか飽きたところがあってか、

売れなくなってきました。

というか、今振り返ると、売れなくなったので飽きてきたんだと、

自分に言い聞かせていたような気がします。

つまりは、売れない言い訳ですね。

ダメ!ダメ!ダメ!です。

支店全体では、爆発的に売れる分譲地もだいぶ残り少なくなり、

営業マンの数が販売中分譲地の数に対して、

オーバーフローしているような状況になって来ました。

当然、売るものが少なければ、一人当たりの売戸数は少なくなります。

そんなこんなで、支店内で営業マンを減らす必要がでてきました。

他の支店でも、営業マンはオーバーフローになっていたので、

もっていきようがない状況でした。

ただ、数ヶ月前に立ちあっがた事業部がありました。

自社で中古マンションや中古建てを買い、

リフォームして、再度販売する事業部です。

そこに、ラポールとかつて売れにくい新築戸建分譲地に配属されていた、

U氏も一緒に異動になりました。

実は、その事業部が立ち上がった当初から、

事業部長からの誘いがありました。

その当時はまだ、分譲地が多くあり、

逆に営業が足りなかったので、動かすことはできなかったようです。

そして、営業マンがオーバーフローしたタイミングで、

事業部長から事前の打診があり、

それにラポールも合意したので、

突然の異動ではなく、なるべくしてなった異動ですね。

 

新築戸建分譲の営業から、

中古物件を買取、リフォームして再度販売する部署に異動になりました。

業務的には物件の仕入れが重要となりますね。

結構、買取りました。

でも、リフォームした分と利益をのっけるので、

当然、売値は相場よりか高くなりますわなぁ。

しかも、事業部長がいけいけで、高値で買い取っている為、

相場より、かなりかなり高く売り出すことになりました。

まぁ、売れんわなぁ(~_~)

しかたなく、利益を削って、売値を落としてさばきました。

結局、調子よく買い取っても、全然もうかりませんでした。

逆に赤字の物件も出てきて、

利益がでた物件とならせば、トントンってな感じでした。

 

こんなことをやっていても、面白くないですね。

なんの為に仕事をしているかですね。

中古物件でも綺麗にリフォームしてお客様に喜んで貰うのが目的です。

でも、利益が上がらなければ、慈善事業になってしまいます。

そこは、プロとして、よくよく精査して中古物件を買い取るべきですが、

とにかく数字が欲しい部長は、売上という弾を揃える為、

ひたすら高い値段で買い取る指示を出しました。

弾を揃えても当たらなければ、本末転倒もいいところです。

そんな部長との関係が険悪なものになってきました。

そして、事業を進めて行く上で部長との意見の相違があり、

度々、ぶつかることがありました。

部長は、とりあえず物件を高く買い取り、

綺麗にリフォームすれば、売れるという浅はかな考え方でした。

部長は不動産営業の経験がありませんでした。

そんな人が部長をやっているのもどうかですが、

社長の身内なので、どうしようもありませんでした。

このままでは、仕事をすればするほど、

赤字になっていきます(T_T)

 

部署の部長は社長の身内の為、なかなかやりずらく、

理不尽な事を言われても、会社全体でも、

誰も何も言えない ような状況でした。

ただ、このままでは、やってもやっても赤字になるので、

なんとかしなければでした。

事業部は、立ち上がったばかりで、

会社としては、初めての試みであることもあり、

ある程度、多めに見られていました。

ただ、およそ2億円の資金が、買取った物件が売れないことにより、

寝かされていることに、社長が気づきました。

社長からは「何でこんなことになっているのか」という質問がきました。

部長は答えられませんでした。

そして、当時、部署のナンバー2であったラポールにお鉢が回ってきました。

素直に答えてやりました‼‼

「高く仕入れ、自己満足の世界でリフォームにお金をかけた結果、

売値が高くなって売れなくなってます。」

言ってやった‼ってな感じでした。

あまりにもズバリ!言い過ぎたのか、

社長も部長も絶句でしたね。

この事業に関しては、部長に一任にしていたので、

買い取る時の稟議書は、ほぼ目くら判でした。

社長も責任を感じておられたようで、

一度、全部の物件を見に行くことにされました。

ラポールは、社長より物件の案内役を頼まれました。

 

 

そして、ラポールが同行して、物件内覧をされました。

以前の会議の場では、高い値段で物件を買取り、

マスターべションの世界で高いリフォームをした為、

売れないと発言しましたが、

内覧して、社長も確かにマスターべションだと納得されました。

お客様なき物件のリフォームで、つまりは、

お客様の事は考えてないという意見でした。

説明するまでもなく、こんな事をした主犯格は、

部長である事をわかっておられました。

今振り返ると、そんな物件でも、もっと知恵を絞って売らなければいけなかった。

しかし、デビルラポールは全責任を部長に押し付けて、

部長を引きづり下ろしました。

部長解任です!

 

卑猥な言葉ですが、部長はマスターベーションの世界を作ったからです。

お客様目線ではなく、部長は自分が満足するようにお金をかけて、

リフォームをしました。

その物件を社長が見て、部長のマスターベーションを認めました。

そして、ラポールも追い打ちをかけるように、

何度も止めたが、部長は言う事を聞いてくれなかったと、 

社長に進言しました。

確かに事実ですが、

ノー!と言えなかった、止める事ができなかった、

ラポール他メンバーも実際は共犯です。

それでも、部長に全責任を押し付けたラポールは、

正直言って、人間としては最低ですね!

その後は、別の部署の次長が一応責任者として就任しましたが、

実質的には、ラポールが部署を仕切ることになりました。

 

部署はラポール以外に4人いました。

なかなか癖のあるメンバーで、

すぐに、すねるやつもいて、

まとめるのがまあまあ、たいへん でしたね。

事業の方も、同じ轍を踏まないように慎重になると、

上手く進めることができませんでした。

加えて、売れない物件も処理する必要があり、

頭を悩ませました(~_~;)

 

実質的な部署の取りまとめを行う立場になったものの、

売上も十分あげられず、

部のメンバーとも、人間関係においてぎくしゃくしだしました。

過去にそれほど輝かしい実績もなく、

人を動かす求心力もなく、

まあなんと言うか、器が小さかったのでしょうね。

ぶっちゃけ、今もそんなに変わってないかもですね。

前の部長に責任をなすりつけて、

結果的に引きずり下ろすことになりましたが、

その後、部署を上手くまわすことはできませんでした。

やることなすこと、いやになってきました。

ジャカ♫ジャン♫

転職モードに入りました。

自分で言うのもなんですが、

よわ!

メンタルよわよわですね。

またまた、ダメダメ人間ですね。

で、次はやっぱり、営業はだめだわ!

前職で一度、営業をやめようとして、

未遂に終わってるので、

今回は、実行することにしました。

さて、さて、さぁて、何するかですね。

 

やっぱり、営業はやめて、 違う職種を考えました。

ただ、せっかくずっと不動産の仕事をしていたのだから、

関連する仕事を探すことにしました。

そこで考えついたのが、

不動産鑑定士

どうも士業へのあこがれもあって、

より専門性のある仕事を目指すことにしました。

不動産鑑定士の資格試験の勉強を開始しました。

並行して、求人を募集している不動産鑑定士事務所を探しました。

直ぐに見つかりました。

そして、直ぐに面接になりました。

面接で言われたのは、

「給料がいくらでもいいのならいいけど、

そういう訳にはいかないでしょう」 

でした。

また、

「仕事しながら勉強するのもたいへんですよ、

せめてもう少し勉強してからの方がいいのでは」

でした。

確かに、嫁さんに子供3人を養わなければいけないので、

それだけの給料は、すぐには貰うことは難しいでしょう。

同じ不動産でも、仕事内容は違うわけですから…

そして、勉強もたいへんです。

不動産鑑定士の試験は、

1次試験(短答式)、2次試験(論文式)とあります。

1次試験は、宅建士試験よりレベルアップした内容で、マークシート方式、

2次試験は、その名のとおりで文章を書かなければいけません。

おっしゃるとおり、業務をしながらでは、非常にたいへんですね。

結局、不動産鑑定士を目指すために、

会社に留まり、勉強することにしました。

 

今のままではダメで、もっと勉強して、

知識を身につけてから転職しようと決めました。

願わくば、不動産鑑定士の試験に合格してからですね。

そして、勤務中に勉強しました。 

こりゃ本当はダメですよね。

給料もらってるのに、別の仕事がしたいが為に、

試験勉強をするなんてことは、最低ですよね。

ん、待てよ、過去にもそんなことがあったような…

そう、1社目のイベント業のK社の時でした。

税理士を目指すべき、とりあえず日商簿記2級の勉強をしました。

勤務中にです…

その当時は日商簿記2級に合格して、

税理士事務所に就職することができましたが、

わずか、3ヶ月で退職、おしまい、でした。

このことを思い出すと、若干、同じ匂いがして、

不動産鑑定士もどやろう、

と心の片隅で、「だいじょうぶかぁ~」のささやきを感じました。

猪突猛進というか、こう決めたら周りが見えなくなるのが悪い所です。

まあ、なんくるないさ(沖縄の方言「なんとかなるさ」)で、

進むことにしました。

 

 

まずは、短答式試験に合格しなければいけません。

宅建士の試験は4択ですが、こちらは5択です。

その後は、論文式試験です。

完全に記述式ですね。

ここまで合格した後は、

実際に働きながら、鑑定評価書を作成する、

実務修習試験があります。

道のりは結構長いです。

さて、勉強開始です!

内容がかなり複雑で、

勉強すること自体、遠ざかっていたこともあり、

全然、頭にはいらなかったっす(T_T)

これはやばい!

 

こりゃ独学ではかなり無理があります。

よって、10万円かけて、通信講座を受けることにしました。

決まった時間ではなく、自分のペースで進められるものでした。

確か「TAC」のだったかと記憶してます。

それでも、なかなかはかどらず、勤務中も勉強時間にあてました。

ポジション的にあまり会社に干渉されない為、

自由にやってました。

なんとも不届き者ですね。

第一段階は、5択の短答式試験で、

それが受かれば、完全記述の論文式試験なのですが、

ぶっちゃけ、論文式まで、手がまわりそうにありませんでした。

ここで葛藤が生まれました。

全部を勉強して、短答式試験に受からなければ、

10万円かけて受けた通信講座も水の泡です。

また、来年まで、短答式試験の勉強もしなければなりません。

でも、やっぱり論文式も勉強して、

1回で片を付ける!

で不眠不休でがんばりました。 

 

しかし、途中で、どうもこのままでは、

間に合わないと悟りました。

結局、論文式は捨てて、

短答式だけに絞って勉強する事に方向転換しました。

それでも、かなり厳しかった。

夜な夜な、通信講座を視聴していました。

みなさんもあるあるかもですが、

見ている途中で意識を失ってしまうことが、多々ありました。

いわゆる寝落ちですね。

そして、巻き戻してまた見るわけですが、

再び、落ちてしまい、一向に進まない(T_T)

そんな日々続きました。

それでも、全力を尽くしました。

さて、遂に試験日がきちまいました❗️

 

後は、野となれ山となれ ですが、

ぶっちゃけ準備不十分でした。

試験が終了した時は、こりゃダメだでした。

半分くらいしかできてない感じでした。

宅建士試験の時と少し似てました。

あの時も終わったぁと、もうダメだ感、でした。

でも、宅建士はとことんやってのダメダメ感で、

脱力感が半端なかったです。

しかし、宅建士は何とか合格できました。

今回の不動産鑑定士試験は中途半端な勉強しかできてなく、

ダメダメ感に仕方ない感が混ざってました。

ただ、10万円かけた通信講座のことを考えると、

もったいない感が満載でした。

結果は見えているのですが、

結果が出るまでは、次の論文式試験の勉強をすることにしました。

次の年もあるので…(T_T)

 

そして、遂にやってきました、

不動産鑑定士試験の第一段階、短答式試験

合格発表です!

十分な勉強もできてなくで、

そんなに人生甘くないはず。

が、が、が、

な、なんと、合格しました!

十分な勉強はできていなかったと前述しましたが、

努力はしました。

寝落ちしながらも勉強しました。

第二段階の論文式試験の勉強もあきらめず続けてました。

神様はちゃんと見てるんだ!ですね。

 

さぁ、不動産鑑定士試験の第一段階の短答式試験に合格したわけですが、

正直、準備不足でのぞみました。

短答式試験は5択のマークシートだったので、

何かのラッキーがあったのかもしれません。

しかし、第二段階の論文式試験はそうはいきません。

すべて記述なので、まぐれやラッキーはありません。

ぶっちゃけ、論文式試験こそ全然準備不足でした。

でも、とりあえず、受けるだけは受けよう!

しかぁ~し、論文式試験はなんと3日あるので、

全部、会社を休まなければなりません。

S社の業務に必要な資格かと言えば、あんまりいらんでしたね。

転職に向けての資格取得なわけで、

会社には試験のことは伏せておく必要がありました。

なので、会社には試験の為に休む、ではなく、

適当な理由を付けて、有給休暇を取ることにしました。

 

でも、話しにならんほど準備不足なので、

今回は無理ですね。

経験する事と、参加する事に意義ある!

で受けることにしました。

そして、論文式試験が終わりました。

まあほとんど書けなかったので、

なんの希望もないですね。

 

やっぱりどうも、精神的にも、将来性的にも、

この先、S社にいるのは、いろいろ厳しい感じでした。

不動産鑑定士の第一段階の短答式試験には合格したので、

それを持って雇ってもらえるところを探す事にしました。

転職活動再開です!

確か、職安のHPで見つけたと記憶しているのですが、

京都市内の不動産鑑定士事務所に応募しました。

当然、不動産鑑定士の第一段階の短答式試験には合格したことをアピリました。

なんと、すんなり面接までたどり着きました。 

この時点で、武器としては、

不動産鑑定士の第一段階の短答式試験合格、

まぁ、宅建士も一つの武器にはなりますね。

 

そして、面接当日です。

何だかいい雰囲気でした。

事務所の職員の方が独立される予定で、

欠員補充のためでした。

その方は不動産鑑定士の資格を取得され、

地元の確か山口県だったと記憶しているのですが、

そこで不動産鑑定士事務所を開所するとのことでした。

1ヶ月以内位にその方は辞められるようで、

早く次の人員を確保したい感じでした。

よって、採用を前向きに検討すると言われました。

この時点で、手ごたえありでしたね。

 

早速、次の日に電話がかかってきました。

採用決定です!

給与面では生活して行けるギリギリでした。

でも、事務所側からしたら、破格の給料のようでした。

早く人手が欲しかったこともあったようです。

 

さて、さて、さぁて、

不動産鑑定士事務所で内定がでました。

よって、会社に退職意志を伝える必要があります。

所属部署は実質的にラポールが取りまとめしていたので、

まずは、部署の者に伝えました。

そしたら、なんと、もう一人辞めることがわかりました。

その方は、ラポールと同じ他部署から今の部署に移ってきた者でした。

たいへん以前にも書いてますが、

その方は、売れない分譲地で、特殊部隊を編成した時の隊員の一人でした。

つまりは、移ってきた2人が辞めることになりました。

他の部員は、まぁ、あまり驚きもなく、そうなんかぁ程度でしたね。

そして、社長に直接退職の意志を伝えました。

次の行き先が、不動産鑑定士事務所だと伝えると、

「そっちの方があってるのとちゃう!」

でした。

去るもの追わずと言った感じでしたね。

 

約5年間在籍していて、60万円程度の退職金が出るようです。

有給休暇もマックスで取ってもいいと総務に言われ、

遠慮なく頂く事にしました。

 

1ヶ月弱位休める事になりました。

 

早く、不動産鑑定業務がしたい事と金銭的な事もあり、

次に行く不動産鑑定士事務所で先行して、

有給休暇中にアルバイトとして働かせて頂くお願いを所長にしました。

所長は、以前おられた職員の方も辞められたので、大歓迎でした。

本当はダメなのでしょうが、

S社に在籍中のまま、アルバイトという扱いで、

不動産鑑定士事務所のA社で働く事になりました。

まだS社にいるので、微妙な感じですが、

転職物語 7社目のままでいかせて下さい。

 

 

そもそも不動産鑑定の仕事は、

不動産業での物件査定に比べで、

より詳しい版のような感じです。

よって、今までやってきた仕事の延長ですね。

しかし、アルバイトとして実際に勤務してみると、

予想以上にたいへんでした。

不動産を鑑定するには物件の詳細調査をするわけですが、

現地に行ったり、いろんな役所に行ったりです。

不動産業の時よりも相当細かく調べる必要がありました。

例えば、以前その場所には何があったとかまで調べました。

図書館に行って古地図というもので、

各年代ごとに何があったを確認し、

変化があった年を中心にコピーします。

これらは、大手の不動産業者ならやっているかもです。

 

そして、写真もいっぱい撮る必要があります。

大規模な土地や建物は一枚におさまりきらないので、

何枚か撮って、後でつなげる作業が必要になります。

などなどで、ぶっちゃけ、やっていけるかな、

やばぁ!でした。

正式に勤務する前に、

すでに、ケツを割りそうになりました。

こんなにたいへんな仕事とは予測できませんでした。

ちと、考えが甘かった、

そして、覚悟も甘かった。

しかし、やらんと仕方ない!

 

同じ不動産を扱うわけですが、

売買と鑑定では、似ているところも多々あるものの、

やはり鑑定の方がレベルが高いですね。

細かい部分で勝手がわからない所があって、

戸惑うことがあり、今の内に、

事務所の所長にいろいろ質問しようと、

一通りまとめ、いざ、所長に質問!しました。

ん?どうも所長がおかしい!?

質問中にそこで切れるか?といったような感じで、

怒るというより、発狂するような感じでした。

業務の過酷さ、所長の人格的な問題で、

さらに、やばやばな状態でした。

 

しかし、走り出した以上は進むしかない!

でも、不安がこみ上げてくる感じで、

精神的にも、まいっちまいました。

 

そんな中、有給休暇が残りわずかになった時、

S社の一部社員が送別会を開いてくれました。

そして、最後にはプレゼントももらいました。

名前入りのボールペンでした。

当時のS社のみなさん、

ありがとうございました!

ちなみに、現在もまだそのボールペンは健在です!

そして、有給休暇も終了を迎えました。

このS社は、これまでに勤めた会社の中で、

最長の5年間の勤務でした。

これにて、転職物語7社目は終了です。

 

長文、読んでくれてどうもありがとうです。

 

転職サイトに登録するならやっぱりこれですね☟ 

 

 ちょっと一息、甘いものでも食べませんか ん~ん、スイ~ツ! 

 

 

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