いろんな家を売るオトコ

現役不動産営業マンの私が、不動産にまつわるきっと役に立つ豆知識や、裏話を暴露しちゃいます

転職物語 5社目 総集編

どうも、44歳で孫ができた、不動産業界で働く、

現在46歳のおじいちゃん、ラポールです。

転職物語5社目の記事を繋げ、まとめました。

超長編ですのでお時間がある時に読んで下さい。

 

5社目 不動産業のH社

さて、H社に入社となりました。

小さい会社です。

社長と社員1人と、

パート?アルバイト?らしき女性が1人だけでした。

そして、会社の事務所の浩さは6帖位で、

 4人の机と接客テーブルでパンパンです。

でも、こじんまりしていて、

ラポールは苦ではありませんでした。

朝は10:30からのスタートなので、

かなりゆっくりでした。

しら~と初日が始まり、しら~と終わりました。

自由きままな会社ですが、

月の売上がなければ、基本給がないので、

給料はありません。

貯金も50万円位しかなかったので、

すぐに成果をあげないと、

たちまち生活できなくなります。

そんな状況も、若さゆえか、

ビビることなく、

なんくるないさー!

(沖縄の方言 意味:なんとかなるさ)

位の勢いでした。

まぁ今から思えば、かなり無謀ですね。 

ところで、「なんくるないさー」って沖縄の方言ですが、

やわらく、心が安らぎ、前向きになる言葉で大好きです!

H社は、ひっそりと知る人ぞ知る位の不動産会社でした。

以前勤めていたO社は、

大手ではないですが、

地元では、お客様にも、同業者にも

そこそこ名前が通っている不動産会社でした。

ネームバリューがなくなって、

さぁ、どうするかです。

 

ラポールは、人と人との繋がりで、

お客様を増やしていくことに取り組もうとしました。

なかなか、そう上手くいくものではないですね。

それを実践していたのが、

H社の社長です。

ラポールより少し先に入社していた

パイセンのKさんも同じ事をやろうとしてました。

Kさんは少しずつですが、結果を残しているようでした。

 

自由な会社のH社ですが、

売上をあげないと給料がもらえないという状況でした。

狩りにでて、獲物を仕留められなければ、

食べる物がなくなる、

いわゆる、野生の世界ですね。

最初は自分なりのやり方で、

いろいろやりましたが、

さっぱりダメでしたね。

さすがに社長が助け舟を出してくれました。

社長の仕事を手伝い、分配という形で、

報酬を頂いてました。

しばらくは、社長の仕事を手伝う事に少し甘えてしまってました。

このままでは、いかん!

状態が結構続きました。

が、ラポールは当時、

宅地建物取引主任者(現在の宅地建物取引士)の免許を持ってなかったので、

自由をいいことに、会社ではひたすら試験勉強をしてました。

人生は選択の連続です。

自由な会社のH社に入り、

売上、収入よりも

宅地建物取引主任者(現在の宅地建物取引士)

を取ることを選びました。

業務と平行して勉強するのはなかなかたいへんですので、

今、ここで宅建を取らなければ、

今後に取るのは厳しいと判断しました。

帰宅してから勉強する事は困難でした。

ビールの誘惑があるからです(>_<)

その為、朝、早く起きて1時間位勉強しました。

そして、出勤して、大半は勉強で、

特に仕事がない時は、一日中勉強してました。

そして、試験日がきました。

まあまあ自身がありましたが、

いざ始まると、わからない問題ばかりで、

全然、できませんでした。

収入を捨ててまで、ひたすら勉強したのは何だったのか?

うなだれながら、とりあえず会社に戻りました。

社長から「どやった!」と言われ、

「最悪です!」と答えました。

まあでも、回答速報がでたので、

しぶしぶ答え合わせする事にしました。

その結果、なんと!

例年の合格ラインより1点上でした。

望みは残りました。

そして、来ました、通知が、

見事、合格‼

ほっと、胸をなで下ろすばかりでした。

 

収入の事は、ないがしろにして、

宅建の試験にひたすら取り組んで、

なんとか合格しました。

が…まあ収入は、さぶいわなぁ(T_T)

ただ、この時取った宅地建物取引主任者(現在の宅地建物取引士)

のおかげで、今後の転職が上手くいったと言っても過言ではありません。

不動産業界は、宅建の資格がなくても、学歴がなくても、

売ればいいので、問題はありません。

しかし、いざ転職する時は、

宅建の資格や学歴は、やはり有利に働きます。

でもでも、冷静に考えると、なまじっか宅建を持っていて、

中途半端な大学も出ていたことが転職を促進させた気がします。

いやならすぐやめて、次に行けばいい!

どこの会社の面接を受けても受かるような気がしてた

超愚か者でした。

 

宅建は受かったものの、

自ら生み出す0からの仕事ができず、

収入は、スーパークールでかなり厳しい状況でした。

このままでは、ラポール家は破たんしてしまいます。

すると、以前O社で一緒に働いていたラポールの部下で、

ラポールより先に辞めて、

前職の保険屋さんに復帰したYさんより、

仕事の依頼が飛び込んできました。

Yさんが勤務している保険会社の保険に加入しているお客様で、

息子の借金を返すのに、家を売るしかないという事情でした。

Yさんにも同席してもらい、

お客様ご夫婦と喫茶店でお会いし、お話しを伺いました。

時折涙され、非常に心苦しい感じでした。

そして、お力になれるように精一杯頑張ります!

とお伝えしました。

 

早速、紹介のお客様の家を買取る話しを社長に相談しました。

速攻で、買取を承諾して頂きました。

社長の家の近くということもあり、

事業計画も何もなく、

ざっくり、アバウトな計算で、

買取金額を決定しました。

すぐに、お客様に伝え、

これまた、一発OKで、すぐに契約をしました。

そして、お客様の次のお住まいを探しました。

購入は無理なので、賃貸を探すことにしましたが、

ラポールは、賃貸仲介をやったことがありませんでした。

そこで、前職のO社で賃貸部門の部長をしていた方が独立されていたので、

助けてもらうっことにしました。

これまた、一発で決まりました。

とんとん拍子にすべてが上手くいきました。

上手く行く時はこんなもんですね(^_^)

 

H社に入って初めての0からの仕事でした。

ただ、仕入れるだけでは、

当然、会社は利益がでません。

ようは、それを売ってなんぼです。

それが、なかなか売れませんでした。

不動産業界では、レインズというのがあって

そこに物件を登録すれば、会員の業者が、

仲介物件として取り扱うことができます。

なかなか売れなかったので、

レインズに登録する事にしました。

登録して売主として売るデメリットは、

お客様を付けてくれた業者さんに、

仲介手数料を払わなければいけないことです。

ただ、売れにくい場合は、仲介手数料を払っても、

早く売る方が特です。

広告代などの諸費用がどんどんかかるからです。

結局、ラポール仕入れた物件は、

業者さんがお客様を付けてくれました。

仲介手数料を払い、利益は少し減りましたが、

何とかこれで、プロジェクト完了です。

 

一つのプロジェクトができたわけですけど、

その先が続きません。

そんな中、

小さな店で、ほとんど目立たないのですが、

突然、来店されたお客様がありました。

熟年離婚され、一人で住む家を探しているというお客様でした。

もう欲しい家も決まっていて、

あとは案内して、買付書面(不動産の購入意志を示す書面)を

もらうだけでした。

ご年齢的にローンが組めないのですが、

息子が組んでくれるという話しになってました。

そのお客様を信じきって、契約当日まで息子さんに会いませんでした。

そしたら、契約当日に息子さんも一緒に来たものの、

息子さんは憤慨してました。

話しを母からちゃんと聞いてない‼

ちゃんと話しているので大丈夫というお客様を信じた

ラポールがバカでした。

ちゃんと、事前に息子さんに直接確認すべきでした。

お客様が、先走っていたようです。

息子さんは、どうやらラポールが無理矢理に押し込んで

契約する話しにまで持っていったという認識でした。

丁寧に説明しましたが、

直ぐには納得できないようで、

一旦は、契約を見送ることになりました。

当然、売主さんもいる訳で、

売主さんと、売主を担当している業者さんにも、

平謝りでした。

それでも、一週間ほどして、無事に契約する事ができました。

あの時に、ラポールが何とか契約して欲しいような話しをしていたら、

「完全に断ってました」と息子さんから言われました。

どうやら、誠意が伝わったようです。

そして、500万円のリフォーム工事も受注する事ができました。

最後はお客様にも、息子さんにもたいへん喜んで頂けました。

 

さて、フルコミッション制で、給料が不安定なものの、

なんとか、平均的な給料は貰えるようになってきました。

そんな折、一枚のチラシが店に入りました。

空き店舗情報です。

駅前で、現状の3倍位ある広さです。

家賃は4倍です。

なんじゃこりゃ!でしたが、

パイセンがぽろっと、

社長!ここでやりませんか!

と言ってしまいました。

駅前の方が来店もあり集客が良く、

家賃は上がるけど、売上アップしますよ!

というのがパイセンの意見でした。

社長は微妙な感じで、

とりあえず、全くだめではなさそうで、

考えることにされました。 

 

すぐに答えは出しませんでしたが、

少しづつ乗り気になってきました。

H社は、紹介からのお客様を重視して、

一人のお客様とじっくりと向き合う感じで、

まさにラポールが理想とする会社でした。

立地的に、突然、来店するお客様は少なく、

というより、皆無に等しく

ラポールが以前、来店されて成約したお客様は、

まれ中のまれでした。

ぶっちゃけ、駅前で店を張って、

ドンドンお客様が来る状況は、

ラポール的には避けたいところです。

社長から意見を求められましたが、

ラポールは店舗移転には反対でした。

家賃やランニングコストも今の3~4倍かかり、

リスクも大きいです。

そうなると、フルコミッション制も成立するか疑問です。

しかし、パイセンと社長はどうも、

そっちに行きたいようです。

もう一人、パートのような、そうでないような、

なぞの事務員さんがいると入社当時に書いてましたが、

その人はどうも、中立のようでした。

結局、社長の判断で、店舗移転する事になりました。

前述しましたが、

H社は紹介中心のお客様を対象として、

来店は皆無に等しく、

一人のお客様にじっくりと向き合う感じでした。

ラポールはそんな会社が好きでした。

しかし、駅前の店では、おそらく来店が増え、

その対応に追われることになります。

社長の提案として、

一旦、フルコミッション制はやめて、

固定給に変えるでした。

そして、今までは売買しかやったことがなかったのに、

駅前なので、賃貸もやろうという提案もありました。

正直、いやでした!

 

ラポールはいやで、いやで、辞めたくなりました。

せっかく、一人のお客様とじっくり向き合えることができてきたのに、

これでは、以前のO社と同じ状態になります。

そして、やったことのない賃貸仲介もいやでした。

社内にも、賃貸仲介をやったことのある者はいないので、

手探り状態で始めました。

しかし今、冷静にその時の状況を分析すると、

まず、駅前で店舗を張り、多くのお客様に接することは、

非常に素晴らしいことです。

そして、やったことのない賃貸仲介を、

みんなで手探りにやることも、

自らの成長へとつながります。

ただ、その時は素直にそう思えませんでした。

当時は、若さゆえか、甘く浅はかな考えしか持っていませんでした。

新店舗オープンまでの準備が結構たいへんでした。

休日も何日か出勤しました。

ラポールだけが移転に反対で、

いやいやなので、力が入りませんでした。

オープンしてほどなく、来店客で溢れました。

社員も2人増えました。

やったことのない、

賃貸仲介も何件かやり、何件か決めました。

やっぱり、今から冷静に見ると、

いい経験だったのでしょうが、

その時は本当にいやいやでした。

 

さて、H社が駅前に店舗移転して、数ヶ月が経ちました。

駅前なので、賃貸のお客様が多く、

ぶ っちゃけ、そんなに利益があがりません。

売買からすると、賃貸の仲介手数料はかなり少なく、

労力も結構かかります。

慣れていないこともあってか、かなり疲れました。

給料もフルコミッション制から、固定給に変わり、

なんか張り合いもなくなった感じでした。

いやいやも、そう長くは続かず、

転職したいモードに入りました。

ラポールの嫁さんは、もともと不安定な収入のこともあり、

H社のことを快く思っていないようで、

駅前に移って、固定給になっても、

信頼度は薄いようでした。

たまたま、嫁さんが新聞を見ていて、

大手不動産会社のM社の求人を発見しました。

ラポールに「ここどうなん」と言いましたが、

「こんな大手には入れんで」と答えました。

応募だけでもしたらとの嫁さんの勧めで、

とりあえず、応募しました。

あまり、期待せずに待つことにしました。

 

すると、びくり‼

なんと、書類選考通過で面接になりました。

あとから聞いた話しですが、

応募は、何百通も届いていて、

面接したのは数人位だそうです。

自慢話しのようになりますが、

名前の通ってない地場の不動産業者の勤務で、

面接まで行ったのは凄いことのようです。

 

 

当時は嫁さんとラブラブでしたので、

(今はブラブラですが……)

面接当日、近くまで嫁さんと一緒に行きました。

嫁さんは、 百貨店でウインドウショッピングをして、

待っていることにしました。

ついてきたのは、単に百貨店に行きたかったみたいでした(^_^;)

大手の会社なのか、すごく緊張しました。

もともと、相当なあがり症ですが、

2対1位なら全然問題ないはずなものの、

かなり、手に汗握るほどでした。

知識不足と緊張もあってか、

上手く質問に答えられませんでした。

ここで、面接時の心得です。

わからないことは、適当に答えず、

不勉強の為、わかりませんと素直に答える‼

その時、ラポールはそうしました。

正直、1次面接はぐたんぐたんでした。

それでも、転職理由ははっきりと答えました。

「一人一人のお客様に対して親身になって、

家探しのお手伝いをしっかりと行いたい!」

と伝えました。

ここで、面接時の心得!

転職理由は、あまりあれこれ言わず、

はっきりと1本に絞って伝える‼

さて、この面接時の心得2本立てで、勝負です!

結果は……

なんと、1次面接通過!

ぶっちゃけ、面接後に、嫁さんには、

全然だめやわ!

と言ってました。

まさか通ると想像してませんでした。

そして、次は2次面接で、

M社の副社長との面接になります。

 

さて、さて、いよいよ2次面接です。

東京の本社から副社長が大阪までやってきて面接です。

わざわざ副社長が来るので、

どうも何人か2次面接を受けているようでした。

当然、大手ですので関西にもいくつか営業所があり、

いろんな営業所の面接をしているのでしょう。

壁が薄いのか、

先に面接している会話が一部聞こえてきました。

「大丈夫ですか?やれますか?」との質問に、

「挑戦します!」と答えてました。

挑戦します?なんじゃそりゃ!

ラポールなら、はっきりと、

「やります!」と答えます。

その後、その方採用されたかどうかは不明です。

 

2次面接、遂に自分の番がまわってきました。

副社長との面接です。

転職理由をすぐに聞かれました。

1次面接と同じですが

「一人一人のお客様に親身になって、

しっかりと対応したいからです!」

と答えました。

大手はやはり素晴らしい環境が整っています。

経験、知識、リーガル的な対応などなど。

そんな環境の下なら、理想とする接客ができ、

お客様に安心と信頼を提供できます。

といった内容も話しました。

副社長への印象はかなり良く、

最後に、なるべく早く返事をさせてもらうと言われました。

所要時間は30分もかかってなかったと記憶してます。

なんかいい感じで終わりました。

1次面接の時は、終わった瞬間、落ちた感満載でしたが、

2次面接は、これいけるかも!でした。

副社長から、なるべく早く返事する、

というお言葉も頂いたので、

おそらく、落とす人にそんな発言はないでしょう。

2次面接の時に話しがありましたが、

通過すれば健康診断を受ける必要があり、

健康診断で問題なければ、採用となります。

そして、結果の電話がかかってきました。

なんの前ふりもなく、

「健康診断を受けて下さい。」でした。

一瞬とまどいましたが、

つまり、2次面接を通過したということです。

あとは、メディカルチェックです。

ほぼ、採用です!

 

正直、ここまで来るとは想像してませんでした。

受けるだけ、受けてみるかの、のりで受けた面接で、

あまり期待はしてませんでした。

なんとも感無量!です。

健康診断は、特に問題ありませんでした。

正式に採用がきまりました。

そして、「いつからこれますか」の質問がきました。

さて、さて、どうしようですね。

まずは、退職することを社長に伝える必要があります。

小さく、少人数の会社だけに社長との距離は近く、

いろいろお世話にもなっていて、

辞めるということを伝えるのは、

非常に億劫でした。

 

なかなか、代表に辞めることを話すことがでませんでした。

それでも、何とか伝えましたが、

めちゃめちゃ緊張しました。

頼み込んで、半ば強引に入社させてもらったのに、

申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

代表は去る者は追わず来る者は拒まずのスタンスで、

「残念やけど、それが君の選択なら仕方ない!」でした。

送別会も開いてくれました。

約1年でした。

H社の社長、お世話になりました。

ありがとうございました‼

 

長文、読んでくれてどうもありがとうです。

 

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