いろんな家を売るオトコ

現役不動産営業マンの私が、不動産にまつわるきっと役に立つ豆知識や、裏話を暴露しちゃいます

転職物語 4社目 総集編

どうも、44歳で孫ができた、不動産業界で働く、

現在46歳のおじいちゃん、ラポールです。

転職物語4社目の記事を繋げ、まとめました。

超長編ですのでお時間がある時に読んで下さい。

 

4社目 不動産業のO社

いよいよ4社目にして、不動産業界に入ることになりました。

O社では不動産売買仲介営業がラポールの主な業務です。

O社は他に、リフォーム、賃貸仲介・管理といろいろな業務を行ってました。

成長過程にあり、どんどんと人が入ってきてるようでした。

ラポールも一つ年上の人と同時入社で、同部署でした。

初日は、9:00が定時でしたので、8:30位に出社しました。

もうほとんどの人が来ていて、掃除をしてました。

どうも8:20位からみんなで掃除をするようでした。

何も聞いてなかったのですが、

少し出遅れた位で、セーフでした。

ちょっと年上の、やや、ヤンキー風の営業のお姉さんが、

掃除道具の場所やどこを掃除するか教えてくれました。

O社の印象は活気があって、

いい意味でも、いけいけ!でした。

社員の方は不動産経験が長い人はあまりいませんでした。

みんな、1~3年といったところでした。

ラポールも当然、不動産の知識も経験もありませんでした。

まず、やることはチラシを作ること。

毎週2回、A3裏表のチラシをパートさんがまいてくれるので、

その原稿作成です。

また、いい物件があれば、A4かB5でチラシを作り、

すぐに、自分でまきに行く。

いわゆる、「てまき」というもので、

だいたい、一度に300~500枚位まきにいきます。

物件周辺の一戸建て、賃貸マンション、分譲マンションにまきます。

また、「物確」と言って、売り出している物件を外から見に行きます。

お客様にすすめるのに、物件を把握している必要があるからです。

ラポールは、O社の商圏範囲の土地勘が全くなく、

最初は物確する物件を探すのに苦労しました。

おかげで、だいぶ道を覚えました。

 

O社では初めてのことばかりで、

わけがわかりませんでした。

でも、パイセン達に助けてもらい、

同期とも助け合いながら、

楽しく仕事ができていました。

みんな個性的な人達ばかりでした。

社長はいけいけドンドンでしたが、

やり手で、スーパー前向きな方でした。

中にはとっつきにくい人や、苦手な人もいましたが、

総合的にはいい人間関係が築けそうな環境でした。

しばらくのルーティーンは、

パートチラシ作り(パートさんがまくチラシ用)、チラシまき(手まき)、

物確(売り出し中不動産物件の 確認)、

加えて、土、日はオープンハウス待機です。

手まきチラシは1日に1,000枚程度をまいてましたが、

なかなか反響がありませんでした。

パートチラシからは1日のうちに何件か反響があります。

それを営業でまわしていきます。

当時、営業はラポールを含め7人いました。

当初は営業部長が仕切っていて、

反響があると、部長が誰かを指名してました。

 

O社の給料は、基本給+歩合で、

基本給は、当時、確か20万円程度でした。

手取りにしたら16万円位でした。

しかし、売上を上げれば、金額に応じて歩合が付きます。

入社当時、ラポールは独身でしたが、

16万円ではギリギリでした。

当然、家族がいる方は歩合がなかったら食えませんね。

ただ、歩合が付く為には足切りというのをクリアーしなければなりません。

不動産仲介業の場合、仲介手数料は物件価格の3%+6万円+別途消費税で、

税引きの仲介手数料がそのまま営業の売上になります。

それに対して、足切りは、当初、売上60万円でした。

つまり、1,800万円の物件を1件売っても、

歩合は0です。

そして、60万円の売り上げがクリアーできなければ、

次の月に残額が加算されます。

売れなければ、足切り額がどんどん貯まって行き、

そこから抜け出すのは容易ではなくなります。

まさに蟻地獄‼

今でも、こんな過酷な業者あるのでしょうか?

そして、業務内容も過酷でした。

なんせ、いけいけドンドンで、

売買物件を成約させる為に、法すれすれというか、

今ならアウト!なことを、いろいろしてました。

してました、というより、させられていたのかな。

不動産業界の方ならわかって頂けるかも知れませんが、

他業者からもいいように思われていませんでした。

ただ、社長の存在が偉大?(元えげつないヤンキー)で、

他業者からは一目置かれてました。

 

O社では、社長はイケイケで、社員もイケイケでした。

全体的には20代が中心の若い社員がたくさんいる会社でした。

そのテンションについていくのに、

最初は戸惑いがありましたが、

若さもあってかなじむのに、

そんなに時間はかかりませんでした。

そして、入社して3ヶ月位だったかと記憶してますが、

ルーティーの仕事がマンネリ化してきました。

そんな時、チラシからの反響があり、

営業部長がラポールを指名してくれました。

初めての反響対応にドキドキ!でした。

 パイセン達から反響での話し方を少し教えてもらってました。

お客様から最初の質問は、

まずは大体、「場所はどこですか?」が多いですね。

場所を聞かれた場合、わざとわかりにくく、丁寧に説明します。

そして、お客様から「わからない」の言葉がでれば、

「資料を届けさせて頂きます」と言って、

名前、住所、電話番号を聞き出します。

このことを業界では、「裏取り」と言います。

そして、電話や住所がわかれば、

改めて連絡する事ができます。

その後のお客様へのアプローチを、「追客」と言います。

「裏取り」「追客」は営業会社では共通してるかもですね。

 

さて、はじめての反響の電話に出ることになりましたが、

意外と普通に喋れました。

反響の電話は、

「場所はどこですか?」の質問が多いのですが、

「物件を見せて欲しい」といきなり言われました。

お客様のお名前、住所、電話番号を聞き、

まずは案内にもっていくのが目標ですが、

すっ飛ばして、いきなり案内の獲得です。

当然ながら、お客様の情報は聞くことができました。

案内の日時を決めました。

初めて反響で、初めての案内獲得です。

案内までに、パイセン達にわからないことを聞きました。

そして、いざ案内となりました。

ド素人なので、誰かが同行してもらえるかと思いきや、

誰もついてきてくれず、

一人で行ってこいでした。

 

上司からは、

「とりあえず案内して、店に連れて帰ってこい」

の指令でした。

いきなりスパルタ教育です。

というか、家を探しているお客様に、

トーシローの営業が、一人で案内していいものでしょうかね…

わからないことばかりですが、お客様を案内しました。

家は空家で、まだお住まいになっている家より案内はしやすかったです。

ただ、質問されても全然わからず、

とりあえず案内して、

言われたとおり、店にに連れて帰りました。

 

そして、店で詳しい話しをすることになりました。

が、また一人で接客です。

まずは、お客様の詳しい情報をヒアリングしました。

勤務先、勤続年数、年収、自己資金などなど。

ちなみに、自己資金は0でした。

お客様は物件を気に入ってるようでした。

でも、果たしローンが組めるかどうかまでは、

駆け出しのラポールでは判断がつきまっせんでした。

それでも、気に入っておられたので、

勢いで、「不動産買付確約書」を取りました。

これは、不動産を購入しますという意志表示の書面で、

俗に買付書面と言います。

初お客様、初案内、初買付でした。

 

わけがわからないまま、不動産買付確約書をもらい、

1週間後に契約の予定になりました。

ちなみに物件の売主は不動産業者でした。

さすがに上司やパイセン達に助けてもらわないと、

契約書は作ることができませんので、質問攻めしました。

契約の前に物件の重要事項説明というのを行う必要があります。

その書類を作成する為にには、

まず、役所で調査する必要があります。

上司に同行してもらい調査しました。

そして、書面を作成するわけですが、

当然、なんのこっちゃわからない状態でした。

また、現在のようにパソコンで作成するのではなく、

当時は、ひな型の書面に手書きでした

過去の書類などを見ながら、書きましたが、

1つ間違えると、そのページ全部やり直しになります。

なんともアナログの世界です。

 

何度もミスってやり直しました。

契約書は事務員さんがパソコンで作ってくれました。

聞いたことない方もいるかと、

また、懐かしいと思う方もいるかもですが、

当時は「ワード」が主流でなく、

一太郎」というソフトを使ってました。

もう忘れましたが、ワードとそんなに大差はなかったような気がします。

当時は、一人一台のパソコンがあるわけではなく、

会社に4、5台でした。

そして、従業員は30人位いて、

パソコンを触るのは、ほぼ事務員さんだけでした。

 

初契約の重要事項説明書と売買契約書がなんとか完成しました。

何がなんだかわからないまま契約当日を迎えました。

不動産売買契約の場合、

事前に物件の内容を確認する為に、

重要事項説明が必要になりますが、

宅地建物取引主任者(現在の宅建士)の資格保持者しかできません。

当時、ラポール宅地建物取引主任者の資格は持ってませんでしたので、

持っている人に頼まなければなりません。

O社では9人の営業がいて、

たった2人しか宅地建物取引主任者はいませんでした。

あと、社長が持ってるだけでした。

しかも、不動産売買の営業の中では1人だけでした。

そして、その人に頼むわけですが、

ちょっと苦手な人でした。

 

それに加えて、読んでもらう時間が、

確か、19:00から位だったので、

余計に気を使いました。

「いいよ」と言ってくれましたが、

「さっさと終わるよ」と言われました。

その人は、早く帰りたい主義の人で、

いやいや感が満載でした。

ちなみに役職は副主任で、その上に主任、部長がいますが、

どちらも宅地建物取引主任者(現在の宅地建物取引士)

の資格は持っていませんでした。

 

さてさて、初の不動産売買契約の当日がきました。

まずは、少し苦手な副主任の上司に

重要事項説明書を読んでもらいました。

19:00からでしたが、約1時間位かかりました。

ある程度、流して説明する人もいますが、

副主任はきっちりしている方で、

べったり、まったり 説明されました。

でも、その名のとおり

不動産の重要な事項を説明するので、

きっちり説明したら、1時間でも足りないくらいです。

そして、説明が終わると、

副主任は、とっとと退出しました。

え~~~~~!

あとは、ラポール一人でやれってかぁぁぁ

初めての契約で、

そらないぜ、とっつぁん!!!

て感じでした。

 

もう、ここは一人で乗り切るしかない!

よちよち歩き赤ん坊のように、

ぎこちなく契約書を読み上げました。

正直言って、不動産の重要事項説明書や契約書は、

経験のない人が読んでも、ほとんどよくわからないものです。

うま~くかみ砕いて説明してあげるのが、プロの仕事です。

契約書を読むのが初めてのラポールは、

ただただ、棒読みでした。

特に質問はなく、なんとかなりましたが、

今から振り返ると、

全然、ダメダメな契約でした。

ぐたんぐたんですが、

なんとか、初の不動産売買契約を終えることができました。

しかし、これで終了ではありません。

続いて、住宅ローンの申し込みがあります。

銀行に代わって、申込書の記入をお願いするのは、

不動産業者の役割です。

今回契約して頂いた方は、

自己資金がなく、借入額に対し、年収もギリギリで、

ローンが通るかどうか微妙でした 。

銀行によって、住宅ローンの審査に違いがあります。

A銀行では2,000万円の借入が最高ですが、

B銀行では2,500万円も借りれる、

てなことがあります。

金利もいろいろですね。

その為、今回は3銀行の申し込みを書いてもらうことにしました。

ふと時計を見ると、もう21:00を過ぎてました。

ここから、住宅ローン申し込み書×3

を記入してもらい、最終は22:00頃でした。

19:00から初めて、約3時間でした。

へろへろになりながら、

なんとか終えることができました。

あとは、住宅ローンが通ることを祈ることにしました。

 

 

現在の不動産売買契約の場合、

契約前に住宅ローンの事前審査というのを行い、

金融機関の承認を得てから契約するのが一般的になってます。

案件によりけりですが、

事前審査は早やければ、2,3日程度で結果がでます。

事前審査が承認されれば、

本審査は、あとから違った情報が出てこない限り、

ほぼ大丈夫です。

あとから違った情報とは、

例えば、住宅ローンが実行されるまでに、

車のローンやカードローンを組むことです。

当時は事前審査なる制度がなく、

だいたい、契約後に審査するのが一般的でした。

しかも、2~3週間、

遅ければ1ヶ月程度かかってました。

当然、住宅ローンがとおらなければ、

契約は白紙解約となります。

さて、K銀行、F銀行、T信用金庫に

申し込み書類を提出しましたが、

K銀行、T信用金庫からは否決の回答でした。

............(汗)

 

入社して、3ヶ月程度で、

初の不動産売買契約をすることができました。

しかし、住宅ローンですが3金融機関中、2金融機関が否決でした。

お客様に2金融機関否決の件を伝えたところ、

「つれに、家買ったって言ったから頼みますよ」

と言われました。

これはやばい!

でも、「上司はどっかとおるんちゃう 」

と非常に楽観的でした。

残ったのは都銀のF銀行でした。

地銀のK銀行や信金のK信用金庫がとおらないのに、

都銀のF銀行がとおるものかと疑問でした。

シロート考えで、都銀の方がハードルが高い!

という認識でしたが、

これが、なんとF銀行で承認がでました。

これでなんとか、契約から決済取引へと進むことができます。

不動産経験のない自分でも、すぐに売ることができるんだ!

という自信ができて、O社でならきっと続けて行ける!

と希望に満ちたはじまりでした。

O社での出だしは、まあま良かったです。

入社8ヶ月位で、月に2、3件、

コンスタントに不動産の契約ができるようになりました。

歩合制なので、給料も普通の20代のサラリーマンより

たくさんもらっていました。

そして、10ヶ月目位には、

サブリーダーというポジションも与えられました。

ぶっちゃけ、まあま天狗になってました。

でも、夜は結構遅くまでやってました。

たまに、日付が変わることもありましたが、

そんなに苦ではなく、楽しくやっていました。

また、独身で身軽だったので、

上司やパイセン達と、結構な頻度で飲みに行ってました。

O社はまだ4社目で、転職3回目ですが、

この先、あと12回も転職するとは、

この時には想像の余地もありませんでした。

 

後から入った社員には特に、

ちょっと?まあまあ?偉そうにしてました。

パイセンや上司の中には、

ラポールのことを快く思わない人もいました。

それでも、成果を挙げていたので、

上からも、下からもあまり、何も言われませんでした。

 

そうこうしている内に、

新店舗の開店スタッフに選ばれ、

意気揚々と、肩で風を切る勢いでした。

この辺りの期間が、社会人になって、

人間的に最悪なラポールでした。

そして、

人として、最も反省しなければいけない期間でした。

 

 

店長候補のKさんと新店舗開店準備に

いろいろと忙しくしてました。

Kさんには、天狗のラポールでしたが、

かわいがってもらいました。

しょっちゅう、Kさんの自宅に呼んでもらって、

Kさんの彼女さんの手料理をご馳走して頂いてました。

Kさんは、彼女さんと同棲していて、

彼女さんには子供が一人いました。

前夫の子供さんですが、

Kさんは子供さんも含めて、

彼女さんをやさしく包み込んでいました。

Kさん一家には仲良くして頂いて、

今でもいい思い出です。

 

そして、新店舗開店の1週間前に、

社長から、

なんと異動中止の衝撃の通達がありました。

ショック!呆然でした!

新店舗はまだ開店してませんが、

準備の為に、新店舗で仕事をしていた為、

荷物類は既に、すべて移している状態でした。

そして、心身ともに準備ができていて、

いつでも戦闘体制でした。

新店舗はいわゆる支店で、

O社の初めての支店でした。

なぜ、中止になったのか、

理由を聞くと納得いくような、いかないような内容でした。

ショックを隠し入れず、落ち込んでると、

その日、かわいがって頂いてる、

新店舗の店長候補のKさんの家に呼ばれ、

晩ご飯をごちそう頂きながら、話しがありました。

Kさんからは、社長の判断として、

本店が手薄になるからとの理由と告げられました。

前向きにとれば、

本店に必要な人材ということでしょうかね。

でも、何となくその時は納得できたような、できないような

どないやねん!ともんもんとしてました。

でも、次の日、新たな辞令がでました。

ラポールは本店に留まり、

サブリーダーからリーダーに昇格しました。

まだ、入社して1年位のことでした。

 

またまた、更に、天狗になってました。

昇進し、売上もあげ、仕事的には順調でしたが、

今振り返れば、この時のラポールは、

やはり人的には最低でした。

お客様には親身にならず、上から目線でした。

また、もともと上司だった人が部下になり、

その人にもぼろかす言ってました。

正に、肩で風を切ってました。

そんな最低な人間でしたが、

一杯、仕事して、

一杯、遊んで、

また、一杯、仕事して、

この時が充実していた感がありました。

そんな状態が少し続きましたが、

ラポールに変化が訪れました。

 

恋です!恋が訪れました!

以前から気になっていた、

事務員さんのKさんに恋をしました。

実は、そのKさん、バツ1で2人の子持ちでした。

当然、その事を知った上で、

好きになりました。

そして、思い切って、ご飯に誘いました。

二つ返事とはいかなかったですが、

子供も一緒なら、いいと言われました。

ラポールは迷わず、二つ返事でした。

自分で言うのもなんですが、

ラポールは決してチャラオでなく、

真剣なお付き合いがしたくて誘いました。

 

少し、高級な中華のお店をチョイス!

子供は2歳と5歳でしたが、

まあまあ何でも食べれる感じでした。

 実は、ラポールの母親も離婚しており、

その後、再婚しました。

なんだかそんな境遇があってか、

特に違和感を感じることもなかったです。

職場も一緒なので、話しは尽きることもなく、

子供達もかわいくて、

楽しく、心地良い時間を過ごしました。

さて、さて、好きになった事務員のKさんと、

その子供達と楽しい食事ができたわけですが、

いきなり告白ってのもねぇ~!

その日は、サラッとまた今度、

で終わりました。

そして、今度はデートに誘おうと試みました。

これがまた、子供のからみで、

二つ返事とはいきませんでした。

子供は普段、保育所に預けていて、

仕事が休みの日は、用事がない限り、

休まさなければなりません。

なので、ラポールのランク付けは、

まだ用事のレベルには達してないようでした。

それでもあきらめずに、何度かトライしました。

そして、遂にデートに誘う事ができました㊗

なんとか同じ職場のKさんをデートに誘う事ができました。

でも、子供がいるKさんの優先順位は、

子供が一番です。

なので、子供達を保育所に迎えに行く17:00までが、

イムリミットです。

さて、さて、

デートは、定番の遊園地に行くことにしました。

しか~し!ショック!!!

休園日でした……(汗)

休みかどうか調べとけよ!このばかちんが!

と自分の中のリトルラポールがそう言ってるようでした。

そして、場所変更で、

もう一つの遊園地に行きました。

ホッ!開いてました!

しか~し!かなり時間をロスってしまいました。

でも、楽しく過ごすことができました。

そして、そして、告白しました。

ざんねん‼むねん‼

お断りでした。

子供がいることが、

凄く後ろめたい感があるようでした。

でも、ラポールはあきらめませんでした。

じゃぁ、たまに電話してもいい?

の答えは、

OK!

でした。

17:00に保育所に子供達を迎えに行く時間は、

ほんの少し過ぎましたが、

なんとか許容範囲でした。

これから、たまに電話して、

少しずつでも振り向いてもらえるように、

頑張ろうと決めました。

何度か電話しました。

少しずつ前進するように、しつこくならない程度に電話しました。

一方、仕事の方は、浮き沈みはありましたが、

まあまあ順調でした。

ラポールの後にも、どんどん社員が入社してきて、

知らない間に中堅的な位置付けになってました。

 

仕事は順調で、恋も進展していきました。

事務員のKさんには、

お付き合いをあさり断られましたが、

電話はOK!でしたので、

諦めず、週に1回程度電話しました。

それが、3日に1回、

やがて毎日になりました。

当時は、携帯電話のかけ放題、なんてプランはなかったので、

月の携帯代が、なんと!

5万円を超えました。

当時、ラポールが住んでいた1Rの家賃が、

4万5千円でしたので、

家賃を超えてしまいました。

毎日、たいがい、2時間位は電話してました。

やがて、Kさんの家に呼ばれて、

晩ご飯をご馳走してもらうことが、

ちょくちょくありました。

告白して、断られたKさんに、

頻繁に電話する事で、

すこしずつ、近づけました。

やがて、Kさんの家でご飯を食べたり、

お泊りしたりしました。

みんなで、旅行に行ったりもしました。

携帯電話が毎月5万を超えるのがもったいないので、

やがて、Kさんの家に転がり込むことにしました。

告白は断られたものの、

気が付いたら、一緒に住んでいる状態でした。

1年位、同棲が続きました。

そして、上の子が小学校にあがるタイミングで、

見事、ゴールイン‼ 結婚しました‼

住いは、中古の築浅マンションを買いました。

ちょうど、ラポールが担当していたお客様で、

マンションから一戸建てに買い替えたいという相談がありました。

そうです、そのお客様から購入させて頂きました。

 

仕事もプライベートも順調…

ではなくなりました。

急激に、仕事で成果が上がらなくなりました。

子供2人付で結婚したので、

これからもっと頑張らなければいけないのに…

当時は、今では考えられない強引な営業してました。

でも、結婚した後位から、決して押し付けず、

お客様に寄り添い、喜んでもらうように、

やわらかい営業スタイルに変わりました。

皮肉な事に、そうなると、家が売れなくなりました。

多くの家を売ろうとすると、

どこか、雑で強引な営業になり、

丁寧な営業をすると、売れなくなる。

そして、入社して4年位が経ちましたが、

遂に、転職意識が芽生えてきました。

結婚して、家が売れなくなくなって、

幸せボケしたとまで、社長に言われました。

その時は、むちゃくちゃムカつきましたが、

今振り返ると、やはり幸せボケでしょう!

そして、転職意識が更に高まりました。

以前、取引をした業者の社長さんから、

あかんかったら、うち来たらいいやん!

とよく言われていたので、

思い切って、そこへ行って、ぶっちゃけました。

その会社は、フルコミッション制で、

給料が完全歩合制になります。

つまり、売上をあげないと給料がないのです。

パソコンは持ち込みですが、

固定電話、FAX、コピー機などの費用は、

会社持ちで、売上の半分が歩合、つまり給料になります。

そして、車も持ち込みで、ガソリン代、健康保険も自分持ちです。

果たして、やっていけるだろうか?

という迷いはなく、ただ、できる!

とその時は自信満々でした。

 

結婚して1年位で、不安定な収入により

家族を不安にさせることがどうなのか。

当時は、ただ、迷わず前に進むだけで、

深くは考えてませんでした。

今思えば、かなり無謀ですね。

実力を過信してました。

まだ、十分な実力が身についてない中で、

半分、独立するような状況でした。

でも、思い込んだら、止められませんでした。

退職後の次の行き先を確定すべく、

正式に就職する意志を次の会社の社長に伝えました。

しかし、「もう、あと3ヶ月がんばり!」と言われました。

走りだしたら止まらないもので、

「今の会社で、そんなに我慢できません!」と伝えました。

そして、なんとか了承してもらい、

1ヶ月後位から、新たな門出がはじまることになりました。

 

改めて、この時の自分を分析します。

忍耐力がない!

努力が全然足りない!

すぐに他人のせいにする!

創意、工夫が足りない!

てな感じで、ダメダメ人間ですね。

まあでも、自分が選んだ道です。

猪突猛進に進んで行くだけでした。

不動産業のO社に就職してから、

約4年で転職することになりました。

 

長文、読んでくれてどうもありがとうです。

 

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