いろんな家を売るオトコ

不動産業界で働く、44歳で孫ができた、おじいちゃんが不動産にまつわる、きっと役に立つ豆知識や現役不動産営業マンの私が、 売る側からの裏事情を語ります。

転職物語 2社目 総集編

どうも、44歳で孫ができた、不動産業界で働く、

現在46歳のおじいちゃん、ラポールです。

転職物語2社目の記事を繋げ、まとめました。

長編ですのでお時間ある時に読んで下さい。

 

2社目 税理士事務所のM事務所

ようやく就職できた #税理士事務所 ですが、まずは通勤のしんどさに心が折れそうになったので、急いで職場に近い所の住まいを探しました。

ラポールはこの時、当然、不動産屋ではなかったので、知識もなく、賃貸仲介のしくみを知りませんでした。

確か、3社位まわったのですが、同じ物件を紹介されることに疑問を持ちました。

まあどこも、ぐいぐい押してきます。

賃貸業は特にその日に即決さすのが基本ですので、皆必死です。

今でも覚えてますが、「いいでしょ!いいでしょ!」しか言わない営業がいたり、

「人気なので、今日決めないとすぐなくなりますよ!」とあおる営業もいました。

ラポールは即決せずに、1週間考えました。

結局、最後に行った賃貸業者が紹介してくれた物件に決めました。

京都に住もうと思ってましたが、中心部に近づくと家賃が高くなるので、

京都のすぐそばの #追分 という所にしました。

最後の業者以外でも同じ物件がでてきてましたが、

最後に行った業者は家賃の値引き交渉をしてくれると言ってくれたので、

じゃあ、家賃が安くなるのなら決めます、でした。

まあ、できレースだったのかもですが、家賃が5,000円位下がった記憶があります。

ただ、ラポールはあまり気にならないのですが、

ベランダからは絶景のお墓が望めました。no problem! です。

職場までは電車1本で、通勤時間は約30分位で、大幅に短縮でき、しかも家賃も安くなりました。

通勤の障害は解消されましたが、仕事の雲行きが怪しくなってきました。

就職した税理士事務所の近くに引っ越しをしたものの、

どうも、仕事面が怪しい感じになってきました。

まずは、所長や先輩に同行して顧問先に行き、横で業務を見ているだけの日々が1ヶ月位続きました。

当然、初めての業務でちんぷんかんぷん!

日商簿記2級の資格をとってなかったら、もひとつ、わけワカメです。

業務への不安も去ることことながら、どうも事務所の所長がおかしな感じでした。

スイッチが入ると怒鳴り声が半端ない感じで、叱咤、叱責、罵倒、を通り越して、

言葉の暴力とはこのことだと認識しました。

今で言う、スーパーパワハラですね。

しかも所長はビールが好きで、昼間からビールを飲むこともしょっちゅうで、

また、ラポールも昼飲みを強要されました。当然、業務中ですけど…

所長のスパーパワハラ、アル中(?)とせっかく入所した、税理士事務所ですが、精神的に非常に辛くなってきました。

わざわざ近くに引っ越しまでしたのにって感じです。

ちなみに事務所のメンバーは、所長、ラポール、パイセン(男性)、事務員(女性)の構成です。パイセンはなかなかいい人で、所長と以前、同じ税理士事務所に勤めていたようです。事務員さんは、所長の嫁さんの妹ですが、情緒不安定な方でした。なんでも、2人の男性と付き合っていて、1人と分かれて、精神的にショックを受けているとかで、ん、ん、ん、なんだそりゃ~てな感じでした。

事務所は所長自宅の1階で、たまに所長の嫁さん、子供が行ったりきたりします。

そして、いろんな魚を飼っている水槽がた~くさんあり、所長は毎朝、一生懸命、魚に餌をあげてました。

なかなか不思議な税理士事務所でした。

ラポールがへこんでいると、パイセンがよくフォローしてくれました。

パイセンは、所長のことをよく分かっているようですが、

否定的な部分もぶっちゃけてました。

まだ、入所して1ヶ月足らずで、けつを割りそうでした。

 

「けつを割りそう」って言葉、全国共通ですかね?

「ギブアップしそう」って意味ですが、なんで「けつ」なんでしょうかね。

事務所のパイセンにフォローされ、もうやめたいという気持ちをなんとか抑えてました。

日々の業務は顧問先にいって、ひたすら領収書や通帳、現金出納帳などなどとにらめっこしながら、パソコンに打ち込んで行く作業が多いのですが、とりあえず所長やパイセンがやっていることをじっと見ている日々が続きました。

ちなみに当時では、パソコンを使った最先端をいく体制でした。

パソコンはちょうど、ウインドウズがでたところでしたが、税務ソフトはウィンドウズでは起動せず、DOS/VというOSで起動するものでした。

パソコンはそんなに詳しい方ではないのですが、当時のDOS/VのOSが非常に使いづらい印象が残ってます。

それでも、打ち込めば勝手に仕分けしてくれるので、非常に便利でした。知識が乏しくてもできてしまいますが、どの項目に打ち込むかの判断には知識が必要です。

当時は、仕事の疲労で勉強する気力が残ってなく、家に帰ったらバタンキューちゃんでした。 

やっぱり、所長のスーパパワハラが耐えられそうになく、こりゃだめだ!でした。

ただ、今振り返ると、税理士になるという強い意志はたいしたことがなかったのかもしれません。

パワハラであろうが、アルハラであろうが、

ようは自分の意志の強さは、どやねん!です。

そこに、何事にも動じない強い意志は、なかったのです。

所詮、士業というと、どこかお高くとまっているところに憧れをもっていただけで、

何としてでも税理士資格を取って、開業するという意志は小さく、

へたれでした。

へたれなラポールは、パワハラを理由に逃げようとしていただけでした。

パイセンは、

税理士資格を目指して仕事をしっかりやりながら、勉強されてました。

一生懸命、頑張ってました。

パイセンがその後、資格を取ったのかどうなのかはわかりませんが、なかなかいい人で、いつかまた会えたらいいなぁ。

 

ちんみに、これまでの会社で出会ったパイセン、上司はいい人が多かったです。

この時のパイセンもいい人でした。

入所2ヶ月目位で、本当にもうケツ割りそうでした。

半ケツ状態でした。

2ヶ月すると、顧問先の訪問が2巡目に入りまして、

お客様も少し喋りかけてくれたりして、

中には所長のことをあまり快く思ってない方もいました。

どこでもそうかも知れませんが、所長がいやで今までに、何人も辞めてるようです。

所長はお客様の前でも職員に、平気で怒鳴るらしく、

お客さんが止めに入る位だったそうです。

そんな話しを聞いて余計とブルーになってました。

当然、業務もこなしながら、家に帰ったら、税理士資格に向けての勉強ですが、

全然手ににつきませんでした。

休みもくたびれて、若いのにほとんど寝てました。 

入社して3ヶ月目、もう息がつまって、つまって苦しかったです。

少し話しが飛びますが、ラポールは当時、喫煙者でした。

今も喫煙者で、一時やめていた時期がかなりありましたが、

禁煙の話しはまた改めてというこで。

昔は、喫煙者が今ほど肩身が狭い感じではなく、

事務所でも普通に吸えてました。

今の若い方には信じられないかもしれませんが、

自分のデスクに普通に灰皿がありました。

その為、本数は増えますわぁ。

ラポールが勤めた税理士事務所はパイセン以外、所長、事務員さんも喫煙者なので、

3対1で勝ちです。

さすがにお客様の所に行くと吸いませんが、

事務所にずっといると、仕事に対するストレスもあり、スパスパ吸ってしまいます。

多分、1日2箱位は吸ってました。ちなみに今は半箱です。

まあでも、たばこで、ストレスをごまかせていた分まだましだったのかなぁ。

体には良くないでしょうけど… 

なんとか税理士事務所に就職できて、喜んでいましたが、入所して3ヶ月が経とうしていた頃、遂に限界をむかえる事態がおこりました。

税理士事務所に入所して3ヶ月になると、顧問先へは3巡目になります。しかし、まだ横で見ているだけで、具体的に何もしていない状態でした。

パイセンは、作業をしながらつぶやく感じでいろいろ教えてくれました。

所長の時は、背中をみているだけでした。

そして、確か顧問先は祇園の高級クラブでしたか、

いつものように、金魚のフンのように、所長について行きました。

業務としては、現金出納帳や領収書、通帳を見ながら、

確かTKC経理ソフトだったと記憶してるのですが、

それを使って仕訳をしていくわけですが、

その日はラポールがやるように言われました。

ようやく実務的なことができると喜んでました。

が、この日、この時の業務が限界をむかえる事態に結びつくことになります。 

顧問先の祇園の高級クラブに行って、

さあ今日から実務!

あまりまだ詳しくわからないところがあるので、

所長に聞きながらやるしかないのだが、

所長は離れたところでお客さんと話し込んで、

聞きに行くのが億劫な感じでした。

それでも、何度かわからないところを聞きに行きましたが、

そのうち、「後でまとめて聞くから」と、そっけなくされ、

戻って業務を行おうとしましたが、

答えがわからないと前に進めない状況でした。

そして、時は流れ2時間位が経ちました。

わからないことが多すぎて、ほとんど業務はできませんでした。

結局、2時間位の間、所長は一度も戻ってくることはなく、

戻ってきた時に、どやされました。

「おまえ、ずっと何しとってん!」

殴られるかと思うほどの言葉の暴力でした。

でも、今ではこう分析します。

3ヶ月間で、あまり業務を覚えられなかった自分が悪い。

例え経験がなくても、もっとやれたはず。

ただ、所長やパイセンの業務を見ていただけで、何も学べていませんでした。

と今だからこのように自分が悪いと分析できますが、

当時は、何も教えてくれないのにできるかい!

思いっきり人のせいにしてました。

そして、事務所にもどって、

顧問先でやりきれなかったことを今日中にするようにと言われ、

所長とパイセン、事務員さんはそれぞれ用事で帰りました。

もう耐えられない! 

誰もいなくなった事務所で、

顧問先より持ち帰った仕訳の仕事をやしましたが、

頭の中で プツン! と音がした感じで、

辞める!事務所を辞める!税理士になるのもやめる!

と決心しました。

というか、この場から逃げたい!って感じでした。

それでも、今日、残った仕事だけはやりきってやる!

そして、何時になったか覚えてませんが、

結構遅くなったと記憶してますが、

やりきりました!

次にとった行動は、退職届の記入です。

所長宛に、「一身上の都合により本日で退職いたします」

と一文の退職届を書きました。

それを所長の机の上において、

それと、「今日頼まれた仕事は完了してます」とメモ書きを残しました。

また、パイセン、事務員さんにもそれぞれ手紙を書き残しました。

なんとも愚かな辞め方です。

社会人として失格です。

というより人間失格です。

でも、その後、もっともっとひどい辞め方をしたことがあります。

その話しはまたその時が来た時に書きます。 

所長の机の上に退職届を置いて、

パイセン、事務員さんの机に手紙を置いて、

家に帰りました。

次の日、事務所には行きませんでした。

携帯電話が何度も鳴りました。

事務所からの電話です。

ひたすら無視しました。

せっかく、入れた税理士事務所、

引っ越しまでして気合を入れましたが、

たった3ヶ月でケツを割りました。

ギブアップです。

その次の日、事務員さんの携帯から電話がなりました。

とりあえず、でました。

「すみませんでした!」

所長は怒ってるかと思いきや、ショックだったようです。

スパルタ過ぎたことも反省しているようでした。

もう戻ることもなく、ここで転職2社目の終着駅です。

 

長い文章、読んでくれて、

どうもありがとうです。

 

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