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転職物語 2社目迄の間 総集編

どうも、44歳で孫ができた、不動産業界で働く、

現在46歳のおじいちゃん、ラポールです。

転職物語2社目までの間の記事を繋げ、まとめました。

長編ですのでお時間ある時に読んで下さい。

 

2社目迄の間

1社目の会社は、

次の就職先が決まらないまま辞めてしまいました。

税理士を目指すべき、税理士事務所を探す前に

就職活動の武器として、

日商簿記2級の勉強に集中しました。

と言いつつなかなか集中できませんでした。

 

気分転換に当時の悪友と飲みに行くことにしました。

悪友は以前ボーイとして京都祇園のキャバクラで働いていたので、

悪友が知っているキャバクラに行きました。

気が付いたら、6万円の請求が目の前にありました。

悪友は1万円しか持ってなかったのですが、

私は気合いれてというか、8万円持ってたので、

とりあえず5万円払いました。

無職で、次の行き先も決まってなく、

貯金もそんなになかったのに、

本当に愚かな話しです。

会社を辞めた時に、

おかみさんから涙ながらに貰った10万円の半分も使っちまいました。

最低の人間です。

 

祇園で5万円も消費したばちが当たったのか、

(え、祇園で一晩で5万円はしれてますかぁ)

すこぶるポンポン(お腹)が痛い日が続きました。

それでも簿記の勉強は続けましたが、

なかなか集中できず、たいへんでした。

市販の薬を飲んでも一向にポンポンの調子は良くなりませんでした。

退職して、国民健康保険に入ると高いので入らず、

当然、病院はどえらい金額になるので、

行きませんでした。

薬局に相談して、薬を調合してもらいましたが、

それも効きませんでした。

知合いに整骨院の先生がいたので、

相談したら、お灸で直ると言われたので、

熱いお灸をしてもらいました。

保険がないけど、かなり安くしてもらいました。

それでもポンポンは治りませんでした。

やがて、食べるもの、飲むものすべて直通となり、

熱も出てきて、さすがにやばい状態でした。

勉強も手につかないのに、日商簿記2級の試験も1ヶ月後に迫ってきました。

背に腹は代えられないので、

国民健康保険に入り病院に行くことにしました。

 

ポンポン(お腹)の調子が悪く、生命の危機を感じたので、遂に病院に行きました。

その前に市役所に行き、#国民健康保険に加入しました。

何万円かいるのかと思ったら、その日は払わず、

納付書が届いてから収めたらいいことを知りました。

 

病院は子どもの頃から、風邪やその他でよく行っていた、内科の町医者です。

市販の薬、#薬剤師が調合してくれた薬、#整骨院の先生にして頂いたお灸、

何をやってもだめでしたが、病院に行って薬を飲んだら、1日位で復活しました。

昔からその病院に行ったらすぐに治っていたので、

今回もすぐに治ると思って行きました。

病は気からなのかも知れません。

 

さあ勉強に集中するぞ!意気込んで勉強しました。

お腹の調子が良くなったので、調子にのって食べ過ぎた結果、

ポンポン痛アゲインでした。

確か#日商簿記2級の試験の2、3日前のことだったかと…

熱も出てやばい状態でしたが、病院で貰った薬がまだ残っていたので、

それを飲んで、多少は戻りましたが、勉強は手につきませんでした。

体が良くならないと、思考力も落ちるので、

とりあえず、勉強はせずに試験日までひたすら寝ることにしました。

 

そして、#日商簿記2級の試験当日を迎えました。

50%くらいしか回復しませんでした。

熱もまだ少しあり、ややポンポンも痛い。でもなんとか試験を受けました。

日商簿記2級の試験は、#商業簿記と#工業簿記の2種類あります。

#工業簿記はややこしく、20数年前のことなので、

試験内容はほとんど覚えていませんが、かなり苦戦した記憶は残ってます。

試験が終わった後は、おそらく落ちた、もうダメだ状態でした。

会社も辞めて、お金も底をついそうで、不安の波が急激に押し寄せてきました。

簿記の試験が受からなければ、丸腰のまま就職活動をすることになるので、

かなり過酷な状況に置かれるの間違いない。

 

反面、まだ若かったのか、どこか何とかなるさと楽観的でした。

ただ勉強している時は苦しかった。

この先、税理士になるためには、もっと勉強しなければいけないので、

そんなに勉強できるだるろうかと、頭の中で疑問符がつきました。

おそらく #税理士試験 はこんなもんじゃないないだろうし、

並大抵の努力では受からないでしょう。

#税理士 業務についてもぼんやりとしかわかってないような感じでした。

そもそも何で #税理士になろうと思ったのかといまだに疑問が残ります。

士業はかっこよく、お金も稼げると思ったからかなぁ。

おそらく、何かで独立して、自分の城を持ちたかったのかも知れません。

子供のころから、将来何になりたいかいつもぼんやりしていましたが、

独立して仕事はしたいという思いは強かった。

 

半ば諦めていましたが、

なんと、#日商簿記2級合格です。

祝‼

合格点は70点以上で、合格通知の封筒を開けて点数を見ると、

なんと、70点でした。ギリギリ合格です。

まあ、70点であろうが、100点であろうが合格は合格です。

さて、これを武器に就職活動をすることにしました。

現代のようにインターネットがまだ普及していない時代で、今のように、#リクナビ #エン転職 #ビズリーチ といった転職サイトから探すこともできず、もちろんパソコンも持ってなかったわけで、もっぱら、#職安 か雑誌から探すほかありませんでした。

まずは #職安 で、登録手続きをして、いくつか職場を紹介して頂きました。

当時、#滋賀県 に住んでいたのですが、#京都 で仕事がしたく、また#京都 の方が仕事が多いのではとの思いから探しました。

滋賀県 の #職安 でも、そのあたりは職安どうしでも共有できているみたいで、#京都での #税理士事務所 を探すことができました。

記憶では、とりあえず2件位候補をあげ、#職安 からの紹介状と#履歴書 を送りました。さてさて面接までたどり着けるかどうかです。

 

そんなに待たずに面接までこぎつけた記憶があります。

まずは1社目ですが、よくよく考えると、友達の親がやっている会社に入ったので、大学時代は就職活動してませんでした。

よって、どうしたら良いかわからず、何の準備もせずに面接に行きました。

いきなり、「税理士の仕事をどう思っているか」の抽象的な質問に、

確か、「単純な作業の繰り返しですが、数字を扱うのでしっかりやらなければいけない」といったいいかげんな答えを返したことを覚えています。

「単純作業」という言葉に、事務所の所長は少し不快感を示していました。

「なめてるのか、こいつ!」ぐらいの勢いでした。

その後の内容ははっきり覚えていないのですが、

就業場所が京都なので「滋賀から通うのは大丈夫か」というのが最後の質問でした。

おそらく、2時間近くかかりそうな感じでしたが、特に抵抗はなく「大丈夫です」と答えました。

ぐたんぐたんな面接でしたが、少しはチャンスがあるかもしれないと浅はかな考えを持ってました。

1社目の面接は見事不合格でした。書面で通知が来ました。

内容ははっきり覚えていないのですが、

確か、「貴殿は有望な人材ではあるものの、うんぬんかんぬん・・・」

といった感じでした。有望な人材と書かれていたのを今でもハッキリと覚えてます。

よく考えたら、アルバイト以外ではこれが初めての面接でした。

断り文句のはずなのですが、「有望な人材」という文に「俺はやれる」、

多分、滋賀から京都への通勤がネックだったのだと、

勘違いな前向き思考になっていました。

そして、ほどなくして2社目の面接にこぎつけました。

若いこともあってか、書類選考では何となく通るようで、

そんなに悲壮感はなく、何とかなるかなぁと楽観的になっていました。

税理士事務所、面接1社目が不採用となったものの、すぐに次の面接が決まりましたが、2社目の面接の記憶がほとんどなく、どこへ行ったかもはっきり覚えていません。

当然、何を喋ったかも覚えてなく、唯一覚えているのが、面接後即座に不採用になったことですかね。

さてさて、いよいよ悲壮感で満載かと思いきや、また次の面接がすぐに決まりました。

今回は作戦をいろいろ考えていくことにしました。

まずは、#税理士業務 とはの質問に答えられるように、いろいろ調べ考えました。

今考えると行き当たりばったり過ぎて、後ろを振り返らず、前に進む自分が愚か者でした。後ろ向きな内容になりますが、今もそんな行動、言動があまり変わってないような気がします。

昔よりは今の方がいろいろ考えてますが、それでも根本的に変わってないので、

そこを変える必要があると今、気づいたような気がします。

こうやって、過去を振り返り、ブログに落とし込み、自分の欠点を探しているような気がします。 

#税理士事務所、3社目の面接となりました。

しっかり準備して行き、そこそこ質問にもスムーズに答えられたことを覚えてます。

所長と会話がはずみ、いい感じに進みそうな雰囲気で面接を終えました。

ただ、自宅の滋賀から京都に通うのが、電車の乗り継ぎで結構たいへんなのがネックでした。

1社目はバスと電車1本でいけましたが、3社目の場合、バスと電車3回の乗り換えが必要で、実は自宅からバス停まで、確か歩くと30分位かかってたはずです。

幸い、バス停のすぐねきに公共の文化施設の駐車場があり、常時解放状態でしたので、

バス停までは、車で行くことができました。(今はダメみたいですけど)

そんなことに悩むより、まずは採用されるかどうかです。

あとは野となれ山となれです。

#税理士になる為、まず税理士事務所に入るため、

ポンポン(お腹)の不調にも耐えながら、なんとか合格した #簿記2級、 

が果たして武器になるのか、手ごたえはあったけど、採用されるだろうか…結果は…

#税理士事務所 3社目の面接の結果発表です!

なんと、採用です‼‼‼

嬉しさの反面、ふと頭をよぎったのが、通勤の苦しみです。

車でバス停まで行き、文化施設の無法地帯の駐車場に止め、

バスに乗って#JR の駅まで行き、#JR の次は #京阪電車に乗り、

京阪電車 の途中の駅で乗り換え、最寄り駅からは、

んんん確か、5、6分だったかな。

待ち時間も入れたら2時間位かかっていたような記憶があります。

え、それ位の通勤してる人もたくさんいますか?

ただ、精神的にも、金銭的にもここで迷う余裕はありませんでした。

よって、採用を承諾し、はれて #税理士事務 に就職することができました。

ぶっちゃけ、通勤はきつかったです。いずれは京都に引っ越すことを考えました。

資金的には厳しかったものの、

憧れの京都に住むために行動を開始しました。

 

長い文章、読んでくれて、

どうもありがとうです。

 

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